東直己

名もなき旅 (ハルキ文庫)

名もなき旅 (ハルキ文庫)

読了の31


この本を北海道に持っていったのは、ただの偶然だった。
東直己の小説は、常なら札幌を舞台にしているのだが、今回は違った。架空のローカル線を使い、鈍行で架空の廃村を目指す、ロードムービーなのであった。
オレが丁度旭川空港に到着した頃、オレが読んでいた小説の登場人物も、旭川の駅に着いた。
オレがバスで旭川駅に着いたとき、登場人物たちは旭川に宿を取り、居酒屋で乳房の無いストリップダンサーの話をしていた。
オレが宿で荷物を解き、市内観光に出かけ、その先で目当ての酒蔵にたどり着いたとき、初めてその高砂酒造が一夜雫を造っているメーカだと知った。(「国士無双」としか頭に入ってなかったんだよ)
一夜雫は、小説の登場人物が、前述の居酒屋で五合呑んだ酒だ。(そして、東直己の小説では、たまに出てくる酒でもある)
この日、オレは旅先で物語の中に飛び込んでいくような、そんな不思議な感覚を味わった。
読んでいる物と、その読む速度と、自分の移動がピタリと符合するというのは、大変不思議で、大変面白い。


まぁ、その後は、登場人物たちは、架空のローカル路線での移動を開始してしまうので、オレは追っていく事は出来なくなってしまったのだが。


この小説は、58歳の女と、19歳の男の、傷ついた二人の他人が、連れ立って旅をし、その道すがら過去を話し合ったり、また、追憶にふけったりする物語だ。
だから、大枠の中に、小さなエピソードが詰まっている構成になっている。
ぽつり、ぽつり、と語られる、東直己らしいお話が、一つ一つ心に水紋を落としていく。


元は「スタンレーの犬」と言う題だったそうだ。オレは、それでも良かったんじゃないかと思う。


今回、珍しく、オカルトというかSFというか、主人公に超常の能力が備わっている。本当にささやかな、地味なチカラだけど。あー、でも、だからこそ、オレはこの能力、うらやましいなぁ。
例えて言うなら、マネキンでマヤカシかな?カリスマかも知れない。
うん、あのね「誰が相手でも、とにかく話を聞いてもらえる」って能力なんだ。ちょっと、好いよね。