ちょんまげサラリーマン

三屋清左衛門残日録 (文春文庫)

三屋清左衛門残日録 (文春文庫)

読了の33

藩主のお側用人である主人公は、藩主交代を記に辞職願いを出し隠居をすることとする。
隠居老人が主人公といえば、水戸黄門剣客商売などが出てくるが、この御仁いたってそのようなスーパーマンではない。
いってみれば、働いて働きぬいた会社人間が、重役まで上り詰めた後に退職して悠々自適を決め込んだ、といった説明のほうが的を得ている。
会社から出てみれば、世界から隔絶されて、ただ老いた自身がぽつねんとそこに残ったのだ。
これでは遺憾と一念奮起、論語の勉強(カルチャースクール)や、剣術道場通い(フィットネスジム)はたまた釣りに行くのも良かろうかと(新たな趣味)思い立ち、先ずは日記を書こうとするのが冒頭である。
で、ここで隠居の爺さんに、あちらこちらの知り合いから厄介ごとの相談が入りだし、短編小説集である本書の大まかな流れが完成するのだ。
老いの侘しさを感じながら、身辺に起こる難事をひとつ一つ解きほぐしていく。
この物語、このまま完成された老境の人物の視点から書かれる、人情話かと思っていたのだが。
だんだんとにじみ出てくる、平穏に隠された陰謀の黒い影。
引退したとはいえかつての重役の主人公、藩上層部にまつわる権力争いにいやおう無しに関係していく。
ただ、冒頭にある主人公の感慨には変わりはない。社会の枠の外から事件を見る主人公の視点も。