レツ

招かれるまま入った部屋で待っていたのは、鈍く銀色に光る甲冑だった。
ナビゲーターのケニが、深く優しい声でねぎらいの言葉をかける。
「…よくここまでたどり着きましたね、レツ。本当に。」
レツと呼ばれた青年はその声に深くうなずき返す。
強い意志を感じさせる黒い瞳、癖の強い頭髪は同じく漆黒。なめらかなオリーブ色の肌、耳からあごにかけてのラインこそ若者らしいやわらかさを持ってはいるものの、引き締めるように結ばれた口元は歴戦の戦士の頼もしさがあった。
そうあろう。この甲冑を手に入れるために潜り抜けた試練が青年を鍛え上げたのだ。
「ああ、これで望みはかなう。オレは自分を勝ち取った、このスーツはオレにとってはその証でもある。」
「コンバットスーツ。アームドデックだけが待つことを許された光の装甲。」
青年にはルーツが無い。その身体的特徴から、テランであろうとは推測されるし、実際そのように扱われていた。
彼は、犯罪組織の商品だった。恒星系から恒星系へ、希少生物や危険な生物兵器の密輸を繰り返す武装集団の宇宙船のコンテナで発見されたのだ。カタログに記載された出身惑星は、オリオン腕にかつて在ったとされる今は無き伝説の星だった。
レツという名も、テランだから付けられた。伝説の英雄の名前、汎銀河の歴史にに唯一足跡を記したテラン。
シンプルなネーミングだ。実際、命名者にそれほどの深い意図があったわけでは無い。
だが、その名前が彼を導いた。銀河の只中に全き孤児として立つこととなった彼に、唯一示された光だった。道は示された、後は彼にその能力が有るかどうかだ。
銀河警察機構の中において、燦然と輝く英雄の名。その名を自らの手で勝ち取ることこそが、彼の存在証明の闘いとなったのだ。
「そして、あなたは勝利してここにいる。」
ナビゲーターは複雑な表情を浮かべた。
武装犯罪者の宇宙船の船倉で、レツを見つけたのは彼女だった。それより暫らく、初期教育プログラムの終了までという短い間ではあるが、生活をともにしていた。親愛の情といってよいものを、少なくとも彼女はレツに抱いていた。
「本当に、コンバットスーツを身にまとうのですか?レツ。」ゆっくりと紡がれたのは最後の問い。
「その問いには何度も答えたな。だがケニ、返事は変わらない。」
静かな、しかし断固とした決意。レツは笑顔すら浮かべていた。
「もとよりオレは孤児だ。既知宇宙に一人とて同胞を持たぬ寄る辺の無い身だよ。