東直己

挑発者〈上〉 (ハルキ文庫)

挑発者〈上〉 (ハルキ文庫)

挑発者〈下〉 (ハルキ文庫)

挑発者〈下〉 (ハルキ文庫)

読了の31、32。

探偵畝原のシリーズ冒頭。今は彼の奥さんとなった、姉川明美との最初の出会いにおいて「私は、私の仕事が嫌いです」と畝原は言った。
彼は娘を深く愛している。ゆえに、娘に危害が及ぶ可能性をはらむ、探偵という業務が、嫌いなんだろう。
今現在、三人の娘をもち、明美と平穏な家庭を築いた畝原。家庭を深く愛し、とても大事にする姿勢は少しも変らない。
だからきっと、彼が、彼の仕事を嫌いなのも、変らないのだろうと思う。描写はないが、きっと。

畝原は常に二つ以上の仕事を平行して処理している。シリーズを通してそれは変らず、おおむね、一つの仕事のもたらした結果が、エピソードの導入になるというのが定番だ。
今回の依頼は二つ。自称エスパーに騙されている、ナイトクラブチェーンの社長を救うこと。そして、主婦からの、夫の素行調査の依頼。
そこに、その二つが片付ききらぬうちに、三つ目の依頼が舞い込む。キャバクラのミスコンの内偵。エントリーシタ女の子に接見し、調査し、問題の有無を見極めること。
いずれも、さほど危険な依頼ではないようにも思える。
しかし、死体が三つ転がり、行方不明の若者が一名。そして、さらに畝原には耐え難い危険が迫ることとなる。

東直己のシリーズ全般に対して言えることなのだが、総じてかかりが遅い。
導入から、説明、調査、そして事件の発生。その事件の発生が大抵、ページを半ばまでめくった辺りで起こるのがいつもなのだ。
いきなり死体がゴローン、ということはまずない。
今回、それが上下2分冊になったことで思わぬ効果を生み出していたりとか。上巻、巻末にてショッキングともいえる引きを作ったのだ。や、あれはやられた。

東直己の魅力は、会話言葉だろう。全編を通しての「語り」部分もいい。探偵畝原シリーズは特にそう。
畝原は決して日常の外には出ない。朝起きて、家族と朝食をとり、報告書を書き、調査に出かけ、帰宅し、家族と夕飯をとりながら一日のことを語り合う。
かたくなにそれを守る。歯を食いしばって、耐えながら、日常の内に留まる。そんなハードボイルド。
そんな彼の不断の努力を知っているから、ラストのくだりは緊張した。手に汗握りましたよ、ええ、もう。

だからさ。ゆえに、頼みますから、ザBOXの姉弟のお二人さん、コメディにしないでください。お願いだから。面白くなっちゃうでしょう?思わず和んじゃったじゃないか(笑)