墜落 (ハルキ文庫)

墜落 (ハルキ文庫)

読了の22

たとえば、悪が如何なる物か知りたければ、探偵畝原シリーズを読むといい。其処には、社会と個人のエゴが産み落とす、腐敗した闇が描かれている。

主人公畝原は探偵だ。個人営業の私立探偵。すなわち、社会では弱者だ。
畝原が闇と対峙するのは、仕事だからだ。自分と家族の生活を彼はとても大事に持っており、命がけの思いで金を稼ぐ。彼が探偵業を遂行するモチベーションは、正義からではなく、生活のためなのだ。
畝原には武器が無い。悪と対峙しても、戦うすべを持ち合わせていない。ただ、そのも恐ろしさに耐え、おぞましさを凌ぎ、時折降りかかる命の危険を潜り抜る。そうして、屈せず、膝をつかず、悪を闇を正視する。ともすれば、心だってバラバラになりそうになる。だが畝原は正視する。それが仕事だからだ。
生活のために、闇と、その向うにいる悪意を正視する。それが探偵の業務内容であり、畝原とその家族は、そうやって稼いだ金で生きてきた。
しんどい生き方だな。

今回、畝原の言動に、どうにもヒロイックなものが混ざっていて、オヤ?と思わせる。
この道15年。社会から打ち捨てられ、喘ぎながらも娘を守って生きてきた、中年男の今までの畝原には無かった部分だ。
いやいや、なるほど。さもありなん。これが幸せの効果というものか。なるほどなるほど。
前作で結ばれた恋人との結婚生活。愛すべき三人の娘。幸せな日常ってのが、畝原からしょぼくれた部分をこそぎ落としていったらしい。今回は珍しく袋叩きにもあわなかったしな(まぁ、毎度愛車は酷い目にあったが)

思い返せば初登場時、一人娘の冴香ちゃんは小学4年生だった。それが今作では、大学受験を控えた娘さんになっている。畝原の目を通して、彼女の成長を見てきた読者には、目の細まる思いのするところだろう。
まぁ、その分、他の登場人物。畝原の協力者たちに如実に現れてきた老いの兆候にも、ぎょっとさせられるのだけれど。