ある日のベラルディン閣下

領主の居館の一室、白髪の青年 グローフォート摂政にして、ベラルディン卿ジルコニアは憮然とした表情で手中の弦楽器をもてあそんでいた。
♪ べっべっべーん、べっべっべべ〜ん、べっべっべべっべーん ♪
それを聞きとがめたドラウエルフの女、ジルコニアの影の補佐官であり、闇の勢力にそれと名を知られたヘクスブレードのヘルガが声をかける。
「スモーク・オン・ザ・ウォーターですか?ベースで弾くには無理があるでしょう。」
ぷいと横向いたまま、ヘルガに視線を合わせようともせずジルは言葉を返す。
「昔、ライブでゼノン石川というベーシストがやってたんだ。」
「ゼノン?地獄の方ですか?それとも奈落かしら?」
「・・・デーモンの仲間だから奈落じゃない?」
会話を続けつつも指先は止まらない。
べべべべべべべべべべべべべ、べべべべべべべ。半オクターブずつ下げながら刻んでいく。
「何を拗ねているんですか。」嘆息交じりにヘルガが問いただす。
「いやだってさ。出番がサ、無いナァとか。」
自然、口がとがってしまっているジルコニア
「キミはいいよね、PL注目度も高いしさ。この間も出番があったし。」
「そんな事ですか。」
そんな事。ジルは口の中で呟いてみた後、本格的にいじけて身体ごと窓のほうを向いた。
・・・そんな事だってさ。ぶちぶちぶち。
ヘルガは声にならないため息をつくと、声色に注意を払いながら宥めにかかった。
「ご安心下さいまし、次回は出演が決まっております!お喜び下さい、エピソードのメインの扱いですよ。」
「・・・ほんとに?」
「ええ勿論。ヒロインとの直接のシーンの予定だそうです。もう何ヶ月も前から予定されてた、脚本担当入魂の一幕だそうです。」
にっこり微笑んで語りかける。つられてジルも笑顔になる。
(ああ、もう!この笑顔のためならば!)ヘルガの心の中で、少女の部分がキュンキュン音を出して回転している。
それには全く気付かず、ジルは意気こんでたずねる。
「そうなんだ!どんなシーンだろう、サブタイトルとかもう決まってるの?」ニコニコニコ。
「ええ。聞いたところによると確か『夏の終わりに…』だとか。」
・・・。
「・・・終わりに。そうっかぁ、そうだよねもう直ぐ終っちゃうんだよねぇ。」
「それはまぁ、そうではありますが。」
シリーズがこの辺りで終了するのは、以前からの構想どおりなのだが。
♪ ベッキョ ベキョキョキョキョ ベッキョベッキョベベッキョ ♪
ジルは、今度はチョッパリング奏法でベースを鳴らし始めた。
ヘルガは致し方ないといった風情で肩をすくめた後、とりあえず放って置く事にした。