東直己

探偵は吹雪の果てに (ハヤカワ文庫 JA)

探偵は吹雪の果てに (ハヤカワ文庫 JA)

読了の11。

「探偵、暁に走る」のラストを読んで、センザキ老人に再会したくなり、この本を手に取った。

ちょっと昔、風俗営業法が変わる前、「ソープランド」が「トルコ」と呼ばれ、エイズアメリカのホモだけが罹る原因不明の奇病だった頃、俺はススキノでブラブラしていた。

といった感じで始まる「ススキノ便利屋探偵シリーズ」が、舞台を現代のススキノに移したのは、伝説の殺し屋、榊原健三の純愛ともいえる献身的な殺戮を描いた「残光」でだった。
「便利屋探偵シリーズ」を飛び出して、「俺」は凄腕の殺し屋の助っ人として、(本人的には)颯爽と登場したのである。
そして。時を現代に移したまま、再開されたシリーズの最初の一冊がこの本だ。

「俺」が、ひどい喪失感を抱えたまま生きていることは、最初の話でも触れられていた。少しだけ。
詳細はわからない。
しかし、その判らなかった詳細を、15年近くも時間をスキップして再開したシリーズの冒頭に持ってきたのだ。
すなわち、死んだはずの女との再会、だ。

「俺」が「純子」にあったのは、20そこそこの大学生のときで、そのとき純子は35歳。娼婦だった。
本書の「俺」は45歳、再会した純子は60歳となっている。
しかし、再会したとたん、「俺」のなかには当時とまったく変わらない、強い恋心が新鮮に甦るのだ。もう、それこそ、気がつくと勝手に一人称が「俺」から「僕」に変わっちまうくらいに。

再会したかつての恋人に頼まれて、探偵は、排他的な村コミュニティーに現れる。まったく状況がつかめないまま、事件は起こり、騒ぎは起こり。そして、死体を発見する。
仕掛けはそれほど大掛かりではない。筋書きも、それほど複雑ではない。
登場人物は、ありきたりはありきたりなんだけども、このところは結構面食らう。奇怪な人間が多い。(「俺」の語り口調しだいじゃ、ちょっとしたホラーになっていたと思う。)
それよりも、この話は、時折挿入される思い出のシーンなのだな。
何気ない時、ふと転寝したとき、誰かとの会話の流れで、何気ない動作の最中で。時折想起されてしまう、若い頃の恋心の思い出なのだな。
これはもう、みているほうも、悲しいやら情けないやら遣る瀬無いやら、そして切ないやら。「俺」がね、純子の名を口にしたとき、自分でも驚くほど胸が波うった、とか言ってんのよ。
45歳と60歳だぜ。自分は中学生の息子がいて、相手はもうおばあちゃんなんだ。
でも、心はもう、青春のあの頃にいったきり。昔の恋人に本気なんだ。
いやいや。
もうね。
泣けるぜ。

オレ、この話をベースに、ダブクロでハンドアウト書こうかとも思っていたけど。ちょっとニュアンスが伝わらないかもなぁ。*1
 

*1:伝わらなかったとしても問題ないけどね。受け取り方こそ、PLのオリジンなのだし、そこがTRPGの本質なのだから。