彼方から呼ぶ声

成功の歓声があがったのもつかの間、事態は緊張の度合いを高めているようだ。

土曜日、僕は仕事もそっちのけで午前中は発表を待っていた。
記者会見の様子が報じられ、速報がNETをにぎわした。
「快挙」だそうだ。
深宇宙探査の歴史に、日本がその足跡を残したのだと。
その日の夕方には、識者と思しき何処ぞの教授が極めて楽観的なコメントを残した。
「後は帰ってくるだけだ」
はやぶさは成功した。みんなはそう思っていた。
運用においても「八割は超えた」とプロマネはコメントしたじゃないか。
だから誰もが「おめでとう!」「お疲れ様!」と言って彼らをねぎらった。

帰還への道は、平坦ではない事は予想されていた事だ。
探査機にはすでに往路におけるダメージが刻まれている。
リアクションホイールは二機が壊れたいるのだから。
帰路に更に二年、何処が壊れるか知れたものではない。
だが運用チームは、トラブルに見舞うたびにソレを経験とし、自らを成長させてきた。
だからこれから何が起ころうとも、彼らなら大丈夫だと誰もが感じた。
日本の宇宙探査の最前線にいる彼ら、頼もしく思ったのだ。

管制室のコンソールの横に山と詰まれたリポDの空き瓶が海外のサイトで話題になったそうだ。
NASAでは、オペレーターは8時間の三交代のシフト勤務だ。
疲労による判断力の低下を避けるためだ。
だが、日本にそれだけの陣容をそろえるだけの人的資産も予算も無い。
もちろん、NASAとは規模が違う。
かの地では10に近い外宇宙探査機が平行して活動中だ、火星探査機だけで五機もある。
まるで中小の町工場と、大企業位の差があるではないか。
だから戦い方も自然とそのようなものになる。
つまり「出来る人間がガンバル」ってやつだ。その結果がリポDの山となって現れているのだ。

ギリギリの戦いだったと思う。9月にイトカワを補足してから、特に11月に入ってからはソレこそ昼も夜も無い日々だったろう。
だから26日のサンプリングの成功はひとしおだったに違いない。
管制室の様子は、20日と25日とLIVEでネット配信された。
緊張と苦闘を多くの人が(少しばかりでも)共有した。
みな喜んだ。喝采した。報道は「快挙」を叫んだ。
誰もが運用チームの苦労をねぎらった。
「今はじっくり身体を休めてくれ」

だが、事態は急変する。
予兆はあった。油断は無かったはずだ、最後まで気は抜いていない。
だから、そのままトラブルの対応に入っている。
トラブル、2系統計12機のスラスターの沈黙。
はやぶさは此処に来てコントロールを失ってしまったのだ。

疲れきった運用チーム。
ミッション成功の後のトラブル。
喜びの後の緊急事態に、彼らの精神や肉体が何処まで持ちこたえる事が出来るのか。
僕らに出来るのは、決して目を離さず事態を見守ることだけだ。